利尻島・礼文島

2003年8月

最北限の離島へ

ゴロタ山から鮑古丹を望む

今年は長梅雨であった。8月に入り、ようやく梅雨が明けても、東京ではスカッと晴れた日は少なく、曇りや雨の日が多い。お盆休みもじめじめした天候になるようだ。そこで雨を避けて東京を離れることにした。
天気予報を調べると、お盆期間中に晴れているのは北海道地方しかない。北海道は概ね行ったことがあったので、前から関心のあった最北の島、利尻島・礼文島を訪ねてみることにした。

まるでファンタジー映画のような光景

出航するフェリー

利尻島・礼文島へは、稚内からフェリーが出ている。しかし稚内は東京からは遠く、空の便も数が少ない上に、フェリー乗り継ぎの時間があまり良くない。1日目はどうしても移動だけになってしまうのだ。以前は、稚内-利尻、稚内-礼文間に飛行機が飛んでいたようだが、今年の春に全便廃止されてしまっているらしい。代わりに、千歳-利尻間に1日に1便だけ定期便の飛行機が就航しているので、今回はこれを利用することにした。
東京(羽田)を9:30頃に出発して、千歳で乗り換えると、利尻空港には12:45に到着する。知り合いが農業を営んでいる三重県に行くときは、東京を6:00に出発しても、着くのは同じく昼頃だから、利尻島は、考えようによっては三重県よりも近いということになる。最果ての島。行くことが難しいという気がしていたが、意外と身近に感じてしまう。

1日目は利尻島は観光せず、そのまま13:15発のフェリーで隣の礼文島に渡る。帰りも利尻空港から飛行機で帰ってくる予定なので、こちらの方が効率的に観光できるからだ。
あれ?ひとつ気になることがある。飛行機が着くのが12:45で、フェリーが港を出るのが13:15。間に合うのかということである。結論から言ってしまうと、少々無理をすることになるので、間に合う場合もあるがお奨めできない。
事前に利尻島に電話で確認したのだが、そのときは『30分あれば大丈夫です』と言われた。が、しかし、当日は利尻行きの飛行機が遅延していたのだ。さらに、利尻空港から港(鴛泊[おしどまり]港)までは一般の交通機関がない。タクシーを利用することになるのだが、離島なので空港にタクシーは2~3台しかいないのだ。
結論から言うと、今回は千歳で飛行機の遅延がわかった時点で利尻空港に電話をかけ、ANAの方の多大なるご協力があってフェリーには乗船できた。飛行機がかんばって飛んでくれて遅延が5分に縮まったのと、空港側であらかじめタクシーを捕まえてもらっていたからだ。ただ、やっぱり余裕を持って行動したいとは思う。反省しきり。
ちなみに、万が一フェリーに乗り遅れても、今回のケースでは、沓形港を15:20に次の船が出発するので、次点としてはこの便を利用することを考えていた。

フェリーからカモメに餌をやる人を撮影する友人

フェリーは大型でとても快適。シーズンだからか、観光バスで来たツアーの人も多い。
鴛泊港を出ると、すぐにカモメが船の後をくっついて一緒に礼文島まで旅してくれる。乗客の中にはカモメに餌をあげる人もいて(良いことではないらしいが)、カモメは船の横を並んで飛びながら、人間の手から素早く餌を取って舞い上がっていく。見ているだけで飽きないので、あっという間に礼文島(香深港)に入港する。

朝から何も食べていなかったので、港の近くにある炉端焼きの食堂で『元祖・うに丼』なるものを食べる。メニューにはふつうの(?)『うに丼』も載っている。 『元祖』とそうでないただの『うに丼』の違いは、うにが特製塩漬けうにか、生うにかの違いだ。生うにを使ったふつうの『うに丼』は、よく雑誌でも紹介されている、ご飯に山のようにうにがかかったどんぶり。対して『元祖』の方は、お店自家製の塩漬けうにが乗っかっている。
店員さん曰く、元祖は見た目は悪いが味はいい、そうだ(旅のギャラリー内の写真参照)。また、元祖という名の通り、これがうに丼の発祥のスタイルとのこと。『元祖』を注文した。いっしょに行った友人は、ほっけのちゃんちゃん焼き定食を食べていたが、こちらもおいしそうであった。

丘への上へと伸びている小道

お腹を満たして、さあ観光だ。まずは『桃岩展望台』に行く。ところが、またしてもタクシーが1台もいない。離島なので極端に数が少ないのだろう。
ほかに島の公共交通機関は、1日数本のバスしかない。観光案内所からタクシーに電話をしてもらったが、すぐに港まで来られる車はないとのことで、15:15発のバスで桃岩に向かうことにした。
フェリーターミナルの前のバス停で待っていると、意外と大型のバスがやってきた。私たちを含めて数人を乗せて走り出す。
香深の町をぐるりと一周してから、島を反対側へと超える急峻な峠道を登っていく。峠を越えたところが桃岩展望台への登山口になっており、そこで降りた。周囲はひたすら笹の生えた山肌が広がるばかりでバス停以外何もない。
後でわかったのだが、車(マイカー、レンタカー、タクシー)で来れば、脇の道を上がっていったところに駐車場があり、展望台のすぐしたまで登れるようになっていた。バス停は、展望台のはるか下にあるので、笹の道をいくらか登って行かなくてはならない。けっこうな運動になる。
展望台に上がると、これぞ自然を満喫!という素晴らしい風景が広がっている。眼下に猫岩を望み、岩というよりはちょっとした山のような桃岩が目前にある。ふと、左の方角を見れば、海上には利尻富士が浮かんでいた。

高台から断崖絶壁の海岸線を望む

桃岩を後にして、再びバス停まで戻る。次は島の西側にある夕景スポット『地蔵岩』に行きたい。
バス停の時刻表を見ると、バスは多くて1日5便しかなく、次の最終便は17時半頃である。これでは遅すぎるので、地蔵岩まで歩いていくことにする。
道は桃岩の麓にある桃岩トンネルへと続いている。それが当然であるかのように、歩道などついていないので少々気が引けるが、意を決してトンネルに突入。反対側へと抜けると日本海が待っていてくれた。
天気は雲が多く、晴天というほどではないが、雲間から差し込む夕映えが海面に輝き、幻想的な風景だ。グリーン一色で覆われた起伏に富んだ島肌は、まるでファンタジー映画に出てきそうなほど。
観光客を乗せたバスがわりと激しく往来するアスファルト道を、遙か下方に見える港に向かって降りていく。
地蔵岩は港の一番奥にあった。海岸に突き出た岩が、刃物で切ったようにスパッと割れている。日本海に沈む夕日を眺めていると、ついつい時間を忘れてしまう。

帰りは宿の人に事前にお願いして、港まで迎えに来てもらった。久種湖のほとりにある宿は、島の北端にあるので、車でも30分くらいかかった。

アザラシの歓迎

遙かにトド島を望む

一夜明けて2日目。朝食を済ませたら、宿の人に島の最北端『スコトン岬』まで送ってもらう。
今日はまず、このスコトン岬からスカイ岬まで、島の西側を約4時間ほどかけて歩く『4時間コース』にチャレンジする。
礼文島では、集落のほとんどは島の東側に集中しており、道路も東側にしかない。島の西側には車が通行できるような道はなく、徒歩か、場所によっては船で送迎してもらわなければならない。スコトン岬から、昨日訪れた地蔵岩までは、歩いて約8時間ほどかかる。本当は全部歩きたいのだが、日程の都合上、北から3分の1程度のスカイ岬まで行き、そこからはタクシーで香深港に戻るつもりだ。

礼文島の美しい海岸線

スコトン岬では早朝から昆布採りの船が多数出て漁に励んでいた。友人が宗谷岬のメロディを鼻歌で口ずさみながら歩いていくが、ここは宗谷岬と緯度的にはほぼ同じくらい北になる。(正確には宗谷岬の方が1分だけ北にあるそうだ)
驚いたことにスコトン岬の本当に先端には、岩の下に張り付くようにして1件の民宿があるのだ。ぱっと見た目にはわからないので「上から石を投げないでください」といった注意書きまでされている。ちょっとのぞいてみると、飼い犬が窓からこちらを見上げている。まさに最北端の宿という雰囲気で、次回はぜひ宿泊してみたいと思った。

いよいよ4時間コースのはじまりだ。最初は一般道路に沿って歩く。ここだけ歩道がついていると思ったら、集落の中にスコトン小学校があった。日本の教育に対するこうした姿勢は本当に頭が下がると感心していたら、この小学校、生徒数が減少して5年ほど前に廃校になってしまったそうだ。
小学校の先でメイン道路から分岐して、西の海岸線に沿って、なだらかな起伏を進む。途中に神社があるのだが、この地方は冬が厳しいのだろう、どの神社も本殿が建物の中に収納されているのが珍しい。小さな社だが、地元の人に愛されていることを感じる風情だ。

ひとつ目の丘を越えると分岐点に出た。左はトド島展望台へと続く丘陵越えのコース。右は入り江へと降りていく海岸線のコース。なんとなく右の入り江にこぢんまりと佇む集落に心惹かれたので、砂利道を下ることにした。
わずか数件の建物しかないこの集落の名前は『鮑古丹[あわびこたん]』。古丹=コタンとは、アイヌ語で「村」を意味する言葉だから『アワビ村』というわけだ。『アワビ』はアイヌ語ではないだろうから、本当は「東京ドイツ村」みたいな和洋折衷したハイカラなネーミングなのかもしれない。

海からひょっこりと顔を出すアザラシ

しかし、この光景はどうだろう。なんともアワビ村の名前にぴったりである。
村民とおぼしき夫婦が昆布を干しに精を出す海辺を歩いていくと、バイクに乗った一人旅のおじさんが話しかけてきた。聞くと、海から顔を出しているアザラシを見ているのだという。
確かに入り江をよくよく観察していると、岸から20~30メートルほど離れたところに、ひょこひょこと顔を出している生物がいる。カメラの望遠レンズで覗くと、はたして野生のアザラシであった。
アザラシは1頭ではなく、数頭が一定の間隔に並び、海の上にぷかぷかと浮かんでいる。何をしてるのかはわからなかったが、日本でも野生のアザラシを見ることができるとは、アワビ村はまさに絵本の世界のようだ。

建物に囲われている神社

鮑古丹を抜けると、道は再び上り坂になる。ここから先は笹をかき分ける散策路で、車はおろかバイクすらも通行することができない。汗をかきながら笹山を登りきると、そこはゴロタ山の頂上だった。
左右に入り江が広がっている。海の色はエメラルドグリーンで、海底まで澄み渡り、昆布がたなびいている様が見える。
ゴロタ山を駆け下りてゴロタの浜に出る。ここでは穴が開いた貝殻がたくさん落ちている。天敵の鳥が貝の殻に穴を開けて食べてしまうので、そういう貝が残るのだという。
ゴロタの浜では干されたばかりの昆布が一面に広がっていた。ふつう海と言ったら潮の香りがするのだが、礼文島の浜辺は一様に昆布の香りがある。潮の香りがかき消されてしまうほど、昆布が多いのだ。
農家の庭先を通りかかると猫がうたたねをしていた。こんなに北でも猫は人間と一緒に暮らしているようだ。
この島ではやや大きな方に分類されるであろう漁港を過ぎると、また岬の峠を越えていく。

汗だくになってスカイ岬に辿り着く。絵に描いたようにきれいな風景だが、ここに限らず、島の西海岸はどこも大変きれいな景観なので、ぜひ歩いていただきたい。
待っていてくれたタクシーに乗って、昼過ぎに香深港に戻った。船上の人となり利尻島へと渡る。

険しい利尻富士

野鳥が草むらを散歩している

利尻島ではレンタカーを予約してあったので、ここからは車での移動になる。今までさんざん歩いてきた分だけ、文明の利器のありがたみを感じる。
ところで、礼文島と利尻島は観光コースなどでは一緒にして扱われている。しかし、実際に足を運んでみると、すぐ近くにある2つの島は全く異なる島であることがわかる。
礼文島は、北海道でも稚内付近の風景に近く、まさに植生の北限を越えた笹と低木が中心となった高山のような雰囲気である。山の起伏もつるっとした風情だ。対して、利尻島は、ふつうに樹木が茂り、森などもある、本州や南北海道でも見られる風景が随所にある。
歴史的にも、礼文島は古く、氷河期以前は大陸と陸続きになっていたそうだが、利尻島は氷河期が終わってから、火山が爆発することによってできた比較的新しい土地らしい。
あまりアピールされていないが、礼文島と利尻島をセットで観光することのメリットは、この違いを楽しむことができるという点にもあると思う。

さて、まずは沼浦展望台に向かう。
利尻島は、利尻山を中心にきれいな円形をしている。富士山を海の上に浮かべたような格好だ。そのため、礼文島と違い、利尻山を除いて、島のほとんどの観光スポットを車で移動することができる。車での島1周は約1時間程度だ。
沼浦展望台からは、島で唯一の砂浜とオタトマリ沼、利尻富士を眺望することができる。この日はあいにくと曇り空だったので、早々に立ち去ってしまった。

お菓子のパッケージにもなっている利尻富士

展望台を降りて、オタトマリ沼へと立ち寄る。今までの未開の原野といったイメージに比べると、ここは観光地化されている。大型バスが止まれる駐車場があり、整備された道と公園に沿って土産物店が並ぶ。
バスがひっきりなしに入ってきて、団体の客があちこちで記念撮影をするというあわただしい光景が繰り広げられていた。
しかし、自然はとても優しく、カモメの子供が人間のすぐ近くまでヨチヨチと歩み寄ってきたりする。
ここから見る利尻富士は、北海道の銘菓『白い恋人』の包装に印刷されているものだそうだが、とても険しく、まるで天を突き刺す岩山のように見えた。

島の南側、仙法志御崎公園へとやって来た。ここにはアザラシが飼育されており、100円で餌を買って与えることができる。
東京の『タマチャン』人気のせいか、アザラシを見るとついついタマチャンと呼んでしまうが、仙法志にいるのはタマチャンとは違う種類のゴマフアザラシだ。漫画のゴマちゃんの主人公(?)の方である。
実際に餌をあげてみると、一緒にいるカモメと餌を取り合ってけんかをしたりする。島の人の話では、カモメもかなり獰猛だそうで、一般的な「かわいい」という印象とは少し違うようだ。

今日は夕方は完全に曇っていて夕日が見られないので、寝熊岩などを見て、早々に宿に入った。
宿の入り口では漁船が停泊しており、漁師さんがいま採れたばかりの魚をカモメにばらまいて餌付けをしている。公園で鳩にまめをあげるのとは違い、なかなかに迫力がある。大きな魚も数秒で平らげてしまうカモメたちは、やはり獰猛なのかもしれない。

甘露泉水を求めて

遊歩道に現れたリス

翌朝は姫沼でレンタカーを降りた。友人にレンタカーを運転して回送してもらい、私は山をトレッキングしながら利尻富士の登山口まで歩く。
登山口には『甘露泉水』という湧き水があるという。おいしい水を求めて山に分け入った。

姫沼を一周する木道から外れると、すぐに緩やかな登りになる。礼文島と違い、利尻の山は木々が生い茂っているので湿度が高く、むっと夏の蒸気が立ちこめている。
倒木をかき分けて進んでいくが、最初の標識を越えたあたりから、道が相当きつくなる。歩き始めた頃は散歩道という感じだったのだが、ここからは本格的なトレッキングである。
途中、いくつもの尾根を越え、沢を渡っていく。まさに夏山といった雰囲気で、飽がこず楽しめるルートだ。沢では岩を伝って歩き、尾根では一部はロープを握りしめて登っていかなければならないところもあったので、ある程度の服装でない人にはお勧めできない。

清らかな甘露泉水

何度目かの峠を過ぎると、また急に緩やかな散歩道になった。と、目の前に突然シマリスが駆け出してきた。遅い朝食を摂っているのか、しきりに地面に穴を掘ったり、鼻をくんくんと鳴らしたりしている。
道の脇にあった案内板によると、利尻島では小動物は少なくシマリスもあまり多くはない、と書かれていたので、実にラッキーである。
リスは私を警戒もせずに、本当に足下まで寄ってくる。写真を撮っても全然おかまいなしだ。ひとしきり食事をすると、また藪の中に駆け込んでいった。

さらに15分ほど歩いて、ポン山への登山道と合流、その後すぐに利尻富士への登山道と合流すると甘露泉に到着だ。岩場の陰から清涼な清水が流れ出して小川になっている。
荷物を置いて口に含むと、疲れがさっと引いてゆく。鴛泊港のフェリーターミナルにも甘露水があるが、あちらに比べると、泉の水はより冷たく澄み切っている感じがする。
甘露泉から登山口の駐車場までは、まだ少しあるかなければならない。ふつうは逆から来ると思われるので0.6kmほど登る計算になる。

鴛泊港に戻り利尻ラーメンを食べる。
採れたままのホタテ、エビ、カニなどが満載で、一緒に出してくれた大きなカラ入れは、すぐに満杯になってしまった。
レンタカーを返して、空港から帰路に着いた。
17時過ぎに羽田に着くと、一瞬でラッシュアワーでもみくちゃにされる。どこに行っても最後のラッシュが一番大変なんだよなぁ・・。