寝台特急カシオペアの旅

2004年9月

白銀の寝台特急

札幌駅で出発を待つカシオペア号

札幌への出張の帰路。休日とも重なったので、いつもとは違う経路で帰りたくなった。東京からの仕事にはいつも飛行機を利用している。今回は情緒あふれる列車でゆっくりと旅をしてみることにしよう。
小学生の頃、旅行が好きで毎年夏休みに、日本全国に出かけていった。当時はブルートレインブームのまっただ中であった。ブルートレインとは、国鉄が走らせていた寝台特急列車の愛称である。機関車に牽かれていた寝台客車が青一色をしていたことから、そう呼ばれていた。料金も高く、決して寝心地やサービスが良いとは言えない寝台で、今ではすっかり本数も減ってしまったが、その頃は寝台車自体が高級感があり、走るホテルとまで言われた豪華特急列車である。
そんな往年のロマンをかき立てられる一本の列車が、ここ北海道にはある。東京の上野と、北海道の札幌を結ぶ寝台特急「カシオペア号」だ。
昭和63年、本州と北海道を繋ぐ青函トンネルが開業すると、札幌行きの寝台特急「北斗星」が新設され、人気を博した。北斗星の車両はブルートレインであったが、より豪華で優雅な旅ができるようにと、同じルートながら、新しく専用客車を製造して作られた列車が「カシオペア」である。
カシオペア号は平成11年7月に登場。「カシオペア」の名前は、天空に輝く北斗星(北斗七星)と、北極星のある天頂を挟んで対称に位置する星座から付けられた。いわば北斗星と組になっている列車であるが、北斗星が毎日運行される定期列車であるのに対して、カシオペアは専用列車が1編成しか存在しないため、週3便程度の不定期運行となっている。
カシオペア号は従来の寝台特急と大きく異なり、オール2階建て個室寝台のみの客車で構成されている。車体も白銀色にカシオペアを表す5本のグラデーションラインが入った高級感あるデザインである。先頭と最後尾の車両には、展望室タイプの個室「カシオペアスイート」とラウンジカーが設定され、車窓の風景を楽しめるようになっている。走るホテル、再び。私にとってカシオペアとは、そんな列車なのだ。

雪原の大地から、春の大都会へ

雪景色を見ながらウェルカムドリンクをいただく

3月半ば。北の大地はまだ吹雪いていた。カシオペア号の始発駅札幌も、今日は真っ白い霧の中に霞んでいる。その4番ホームに、銀の寝台特急がゆっくりと入線してくる。大きな荷物を抱えた人たちは列車を背景に記念撮影に忙しい。みんなの夢と期待を乗せて、一路春の大都会へと向かうのだ。

そして、午後4時15分。カシオペア号は、ゆっくりとプラットホームを離れていく。定刻より3分遅れての出発。雪のため、空港からやってくる列車の到着を待ってから発車したためである。上野まで約17時間の長旅の始まりだ。
札幌を出た列車は、太平洋岸にある苫小牧を目指して、徐々に速度を上げていく。苫小牧からは太平洋に沿って、登別、洞爺、長万部、函館と南下。その後、青函トンネルを通過し、青森へ。青森からは東北本線を、盛岡、仙台、福島、宇都宮、大宮と走り抜けて、終着上野へというルートである。

客車は全部で12両連結されている。現在、先頭はディーゼル機関車のDD51が重連で引っ張っているので、列車全体は14両編成。函館までこの状態だ。ちなみに先頭に立っているDD51型機関車は、昭和30年代に国鉄が生んだディーゼル機関車の名機で、最盛時には600両以上が日本各地で活躍していた。性能と低コストを両立しており、北斗星をはじめとする特急列車にも使用されている。
札幌を出発するとすぐに、アテンダントがワインとウイスキーのセットを持ってやって来た。ここでウェルカムドリンクのオーダー(もう既にワインが出てきているのだが)、夕食の予約確認、そして朝刊とモーニングコーヒーの配達時刻を伝える。続いて車掌さん。検札をしてもらい、同時にJR北海道限定販売のカシオペア号乗車証明書、青函トンネルの通行証明書の付いたオレンジカード(JRの切符を買うためのプリペイドカードのこと)を購入する。
大きな窓辺のソファに座り、ワインをグラスに注ぐと、いつの間にか車窓には、青空の下に広大な雪原が広がっていた。列車が巻き上げる粉雪が白煙となって後方に流れていく。

苫小牧を過ぎると夕暮れの太平洋が見える

カシオペア号には、3タイプの部屋が用意されている。上野行きの場合、先頭の1号車はスイート。特に一番先頭部分は展望室タイプになっている。この部屋は大変人気が高く、チケットは発売後数分で売れてしまうためほとんど取れない。他のスイートは2階建て構造で、1階がベッド、2階がソファのあるリビングになっている。列車内だが各室にはシャワーとトイレも付いている。
2号車にはスイートの他に、今回私が乗っているデラックスがある。実はデラックスも1室しかないので、なかなか貴重な体験である。この部屋は2階建てにはなっていないが、その分天井が高くなっている。やや広めの室内には、窓際にソファセットとテーブルがあり、ベッドが2つ用意されている。ソファはベットにすることもできるので、最大3人まで利用できる部屋である。スイートと同様、シャワーとトイレ、クローゼットも完備している。細かい設備では、BSテレビ、カーナビ、BGM放送を切り替えられるテレビと、食堂車への直通電話、インターホン、車掌室への緊急呼出ボタン等があり、車内放送の音量調節もできるようになっている。その他、スリッパ、タオル、寝巻、歯ブラシ、櫛、シャンプー等の入ったアメニティバッグなどが用意されていた。部屋のドアは暗証番号でロックがかけられるようになっているので、先ほどのように車掌さん等がやって来た場合には、インターホンが鳴る。また、外に車内販売の人がやって来ると、お知らせのランプとチャイムが鳴る仕組みになっているのも面白い。
3号車はダイニングカー。食堂車である。夕食は完全予約制だが、朝食は予約なしで利用でき、夜間にはパブタイムもある。
4号車から11号車まではツイン。2階建ての1階と2階とが、それぞれ個室になっており、二人用のソファとベットがある。カシオペア号のほとんどはこのタイプの部屋だ。
最後尾12号車はラウンジカー。小さな売店と展望ルームになっている。展望ルームは、長いソファや椅子がいくつかあり、左右だけでなく、後方の大きな窓から180度の眺望を見ることができる。

グラスを傾けるうちに、列車は太平側へと抜け、苫小牧が近づく。空が茜色に染まってきたので、そろそろ最後尾の展望車へと移動することにした。車内を歩くこと数分。2号車からはるばるやって来るのは、なかなかの運動である。
展望ラウンジには既に何名かの乗客が三々五々座って、流れていく景色を堪能していた。白一色の世界の中、銀のレールが2本。どんどんと流れていく様子は見ていて飽きない。新婚の記念にというカップル、列車の旅が好きで世界中乗っているという熟年の親父さん、北海道旅行に来たご婦人の団体。みな子供のようにはしゃいでいて、すぐに仲良くなれた。
苫小牧を発車してほどなく、車掌さんがラウンジにやってきた。別に検札するわけではなく、JR北海道の車掌さんの上着を着て、記念撮影しませんかと。乗客サービスの一環なのだが、この車掌さんの場合、けっこう好きでやっているそうだ。話を聞くと、今までも天皇陛下のお召し列車や、アイドルの専用貸し切り列車等、様々な列車で車掌として乗務した経験があるとのこと。一番の宝物は、映画「鉄道員」の撮影に来た高倉健さんにサインをしてもらった、カシオペア号のダイヤグラム(業務で使用する列車の時刻表のこと)。実物を見せてもらった(見せびらかされた?)が、本当に現在乗っている列車のダイヤの裏側にサインがしてある。「これはすごい価値ですよ。カシオペアの本物のダイヤに、高倉さん直筆のサインが入っている世界でひとつしかないもの。鉄道ファンのオークションに出したら言い値で相当な額になります」に一同大笑い。
ところで、いま私たちが走っているこの線路。ちょうど苫小牧から室蘭の少し手前までの区間は、日本一長い直線区間なのだそうだ。そう言われて後ろを見ると、確かに延々と地平線まで真っ直ぐにレールが続いている。約28Kmも直線のままなのだそうだ。
談笑に時を忘れていると、樽前山の向こうに夕日が沈み、夜の帳が降りてくる。一度部屋に戻って、暮れゆく太平洋を見ながら、飲みかけのワインを空けるとしよう。

100万ドルの夜景と青函トンネル

ダイニングでいただくフランス料理

部屋に戻ると、外の窓ガラスの下1/4程度がすっかり凍り付いていた。カシオペアの窓は良くできていて、室内で暖房を効かしても全く曇らない。しかし列車は、雪煙を噴き上げながら走っているので、氷雪が窓に張り付いて凍ってしまったようだ。しばらく氷を眺めていると、夕食の準備ができたので、ダイニングカーに来るようにとの放送がかかった。

ダイニングカーは2階建て。1階は厨房設備と通路があり、2階がダイニングになっている。アテンダントに案内されて席に着く。本日のディナーはフランス料理コース。カシオペアでは、日本懐石とフランス料理の2つの食事が選択できるのだ。内容は思っていたよりも良く、列車の食堂車というイメージはしない。オードブルから、スープ、メインディッシュ、デザートまで、予想以上にボリュームもあって、お腹は大満足だ。
時刻はすでに午後9時に近い。札幌を出てから5時間。まだ北海道を走っている。
食事をしながら見ていた真っ暗な車窓がぱっと明るくなると、小さな駅を通過した。すっかり雪に埋もれたホームには、この列車を先にやり過ごすために待避した、たった1両の小さなディーゼル車が停まっている。乗客は一人もいないが、運転手は律儀に列車から降りて、こちらを向いて敬礼していた。映画「鉄道員」と車掌さんのサインを思い出した。ひとりひとりの力で北の鉄道は守られているのだ。
メインを食べ終わる頃、函館の町へと下っていく。窓の外も明るくなり、100万ドルの夜景が宝石のように瞬き出す。贅沢な至福の時間である。

雪原を走る列車の窓辺に置かれたワイングラス

午後9時少し前。定刻通りに函館に到着。この駅では機関車の交換が行われる。乗客も何人かが降りて、カメラを持って様子を見に行くようだ。私はまだデザートを食べているので、高見の見物である。
機関車は、ここまでがんばってきたDD51から、青函トンネル専用の電気機関車ED79型に交代する。さらに、ここから列車の進行方向が反対になる。前に付いているDD51を切り離して、後ろ側に新しい電気機関車を繋げるわけだ。車体への揺れもなく、作業は順調に完了。9時ちょうどに函館を出発した。

列車は青函トンネルへと向かっていく。青函トンネルは、名前から判断すると、青森と函館を結ぶトンネルであるかのような気がするが、実際には津軽半島の先端近くにある今別町と、北海道の渡島半島の知内町に入口と出口がある。津軽海峡の一番距離が短くなっている部分にトンネルがあるわけだ。
函館を出た列車は渡島半島に沿ってしばらく走る。同様に、トンネルを出た後も、青森までは津軽半島に沿ってしばらく走行する。函館から青函トンネルまでの区間と、トンネルを出てから青森までの区間は、トンネルが完成するまではローカル線であった。今でも、電化工事が行われて線路は改良されているが、単線である。カーブもきつく、今までと違って、列車はかなり揺れたり傾いたりしながら走っていく。札幌~上野までの間で、最も乗り心地が悪い場所でもある。
ダイニングカーから戻って、いくらも経たないうちに、カシオペアは速度を落として停車した。渡島当別(おしまとうべつ)駅とのこと。単線のため対向列車との行き違いをするためだ。しかも、対向列車は雪のため遅れていて、15分ほど停車するという。
車両はカーブの途中に止まっているのか、ずいぶんと傾いている。窓の外を伺うが、コンクリートの防波堤のようなものが見えるだけであたりの様子はわからない。廊下に出て反対側を見ても同じである。
外の様子が見えないとつまらないし、青函トンネルも近いので、部屋を出て先頭になったラウンジカーに向かう。
4号車まで来ると、例の気さくな車掌さんが窓を開けて前方を覗き込んでいる。「ご覧になります?」と誘われたので、一緒になって覗いてみると、列車の遙か前方にぽつんとホームが見えた。どうやら私のいる2号車は駅のすぐ手前にあるトンネルの中に停まっていたようだ。もともとがローカル線なので、長い列車はホームに入りきらないのだろう。
雪が舞っている。函館から乗車したお客は、雪のため飛行機が欠航になったそうだ。カシオペアに空席があってラッキーだったと話していた。対向列車は全然来る気配がない。
再びラウンジカーに向かって歩き出す。10号車くらいまで来たとき、ガタンと揺れて列車がそろそろと動き出した。20分近く遅れての発車である。

青函トンネルの中を走る先頭の機関車

ラウンジカーでは夕方のメンバーと再会した。申し合わせたわけではないので、奇妙な縁を感じる。窓に向かった座席に腰を下ろすと、車窓を駅が流れていく。「あ、木古内だ」と男性の声が上った。
それを合図に、ラウンジは俄然そわそわし始めた。木古内を過ぎるとまもなくトンネルなのだ。ほどなくゴーッという音がして、カシオペアはトンネルに入る。ざわざわと歓声が上がるが、一瞬でトンネルを抜けてしまう。
後でわかったことなのだが、青函トンネルの前にはいくつか別のトンネルがあるのだ。歓声と落胆が繰り返される。いい年をした大人たちが、みんな窓に額をくっつけて、今か今かと待ちかまえているのだから笑ってしまう。いつ本物の青函トンネルに入るのだろう?ついに、ラウンジで推理ゲームが始まった。
「海底トンネルなのだから電気が点いているんじゃないか」「相当大きなトンネルだと聞いているよ」「入るときに機関車が汽笛か何かで合図してくれるのでは?」(これは私の意見)、「いやいや、海底トンネルは温度変化が少ないので(窓や車体に付いた)雪が解けるんだよ」。
機関車も入るときにピッ!と短く汽笛を鳴らしてくれたのだが、これは後ろの方の車両だとわからないかもしれない。正解は、最も後者。青函トンネルに入ると、それまで凍っていた窓の氷がみるみる解けていく。そして屋根に付いていたであろう雪が、水滴となって降り注いでくるのだ。
時刻は午後10時を回ったところ、実に6時間も走り続けた北海道に、さよならを告げる。
青函トンネルは通過に約40分程度かかる。途中トンネル内に、吉岡海底駅、竜飛海底駅という2つの駅があり、ここだけは煌々と明かりが灯っていた。
意外に感じるかもしれないが、青函トンネルを通る旅客列車は少ない。カシオペアのような寝台特急と、昼間に何本かの特急が通るだけである。このトンネルの主役は貨物列車である。この日もトンネルを出るまでに2本、出たところでさらに1本の貨物列車とすれ違った。本州から北海道へ、北海道から本州へ。様々な荷物がこのトンネルを通って運ばれていく。

一夜明けて東京へ

深夜の青森駅

午後11時半過ぎ、カシオペアは青森駅に到着した。時刻表では函館の次の停車駅は仙台となっている。しかし、ここ青森では再び列車の向きが変わるのと、機関車の交換をするために停車する。また、JR北海道の乗務員さんともこの駅でお別れである。
機関車は終点上野まで、カシオペア専用の色に塗られたEF81型が担当する。青函トンネルを抜けてくる列車は、ほとんどがこの青森駅か、近くの操車場で機関車の交換をするため、構内は深夜でも明かりが点き活気がある。
さて、そろそろベッドに入ろう。ブラインドを降ろすと、部屋は快適な寝室に早変わり。規則正しいジョイント音を聞きながら、夢の世界へと落ちていった。

早朝の東北地方の車窓

午後9時少し前。定刻通りに函館に到着。この駅では機関車の交換が行われる。乗客も何人かが降りて、カメラを持って様子を見に行くようだ。私はまだデザートを食べているので、高見の見物である。
機関車は、ここまでがんばってきたDD51から、青函トンネル専用の電気機関車ED79型に交代する。さらに、ここから列車の進行方向が反対になる。前に付いているDD51を切り離して、後ろ側に新しい電気機関車を繋げるわけだ。車体への揺れもなく、作業は順調に完了。9時ちょうどに函館を出発した。

一夜明けて午前6時30分。「おはようございます」の車内放送で目が覚めた。
カーテンを開けると、昨日の雪景色とはうってかわって早春の平野が・・・というのを期待していたのだが、現実に目に入ってきたのは、なんと雪原。現在地は、郡山を出発した直後。この時期、春はまだ東北地方まで到達していなかった。
それでもカシオペアはどんどん速度を上げながら、東北本線を南下していく。モーニングを飲み終える頃には雪もまばらになり、朝刊が届けられたときには、すっかり茶色の田園風景となった。

過ぎゆく那須の山々を見ながら、最後のラウンジカーへ。三度同じメンバーと顔を合わせる。今までの旅行の思い出話に花を咲かせるうち、気がつくと大宮である。
すれ違う列車は見慣れた通勤電車になり、駅のホームも人がいっぱい。カシオペアは珍しい列車なので、誰もがこちらを注目する。ホームに入れば、カメラを抱えたファンが何人もシャッターを切っている。子供連れの老人が一生懸命手を振っている。昨日からずっとつきあっていた雄大な自然と違って、なんだか気恥ずかしい。

大宮を出ると、30分もかからずに終着上野である。17時間の旅を共にしたメンバーと挨拶を交わして、荷物の整理に部屋へ戻る。
乗る前は、飽きて退屈しないように、本かゲームでも買おうかと思っていたが、乗ってみるとあっという間だった。
移動だけが目的のビジネスライクな乗り物でもなく、セピア色のノスタルジーを求める旅でもない。旅情という言葉よりも、クルーズという単語の方が似合う。カシオペアはそんな列車であった。

白銀の夢、再び

2004年9月

都会の景色が流れる。終点上野はあと少し

前回カシオペアに乗車してから約1年後、再び白銀の寝台特急に乗車する機会が訪れた。ただ、それは決して楽しいものではなかった。
出張先の札幌で病気のために入院。人生で初めての入院である。東京の病院での検査のため移動できるようになり、1ヶ月ぶりにベッドから起き出しての帰京。体力は落ち、長時間の移動は難しい。体に最も負担の少ない方法として、個室寝台での移動となったのである。これなら万が一の場合にも寝たまま移動ができる。北斗星のロイヤルは部屋数が少なく、直前での確保が難しいので、オフシーズンで平日ど真ん中のカシオペアを狙った。この時期なら一人でも、上野行きに限ってひとり利用券で割り引き利用ができる。食事が個室内で摂れることもメリットが大きい。そして何袋もの薬と一緒に、東京に向かって旅立った。
うつむき加減の私の心を、カシオペアの窓の外に流れる景色が元気づけてくれた。遙かに遠くに望む夕張の山々、雪解けの道ばたで手を振る親子連れ、朱色に染まる海。
ベッドの上では旅行の雑誌ばかりを読んでいた。もう二度と旅行に行けないのではないかと思った日もあった。退院してはじめての外出。地下鉄で一駅行っただけで気分が悪くなりベッドに戻った。毎月往復していた東京がとても遠く感じた。しかし列車は、そんなちっぽけなことを気にも止めないで走っていく。健康の大切さ、素晴らしさ、世界の景色の美しさが、じわりじわりと広がっていった。
夜になり、個室の電気を落とす。闇が車内にまで入り込み、あたりは周囲と同化する。快晴の北の空に北極星。そしてすぐ横には右に北斗星、左にカシオペア。その名を持つ2つの列車は、天の星々とちょうど逆の位置関係で走っている。知らないうちに、暖かいものが頬を伝って流れ落ちた。