ヨセミテ国立公園

2003年10月

広大な自然の中へ

アメリカの飛行機

漆黒のフリーウェイを車は時速70マイルで疾走していく。サンノゼから約2時間ちょっと、寝静まったマーセドの町で、給油のためにガソリンスタンドに初めて止まった。友人と二人、レンタカーでヨセミテ国立公園に向っている途中だ。
私は純粋に感光のためだけに米国に来たことはまだない。今回は仕事のスケジュールの後半に空きがあったので、その時間を利用してヨセミテ見物をすることにしたのだ。しかし、ロサンゼルス近郊で発生した山火事のせいで、空港に煙が流れ込み、飛行機が離陸できずに午前中から大幅に予定が遅延している。
当初昼過ぎにはサンノゼでの最終打ち合わせを終えて、そのままヨセミテに行くつもりだったのだが、私の荷物がロストしてしまったこともあり、打ち合わせが終わり、(日用品がなにもないので)買い物を終えた頃には夜の8時を回っていた。
サンノゼからヨセミテまでは車で約4時間半~5時間かかる。ホテルには電話で深夜に到着することになる旨を伝えて、ここまでノンストップで走り続けてきたのだ。

コンビニで飲み物を購入して、人馬ともに一息つく。マーセドを越えると、それまでの高速道路とはうってかわって道は田舎道に変わる。どこまでも一直線の荒野の中を、ほとんど対向車も来ないまま時間だけが経過していく。周囲は真の闇。明かりひとつも見えないので、運転手交替を兼ねて路肩に車を止めて車外に出てみた。
ヘッドライトを消すと、太古の昔、インディアンたちが見てきたであろう畏敬すべき自然の光景が浮かび上がった。満天の星。360度の半球となった星たちの海。しばらくは声も出ない。
日本では見ることのできない空だ。元天文部の友人がぽつりとつぶやいた。その声で我に返ると、今まで海に見えていた空には、知っている星座や天の川が出現する。
ぐるりと見渡しても、どの方向にも地平線がある。昔の人には当たり前に見えていたのだが、今はほとんどの人が見ることができなくなってしまった風景。人は星空を失って、ネオン光り輝く夜景を手に入れたのだと気がついた。

マーセドを過ぎて1時間もすると徐々に山道へと分け入っていく。アップダウンが連続するワインディングだが、やはり黒一色に包まれていて、景色を窺うことはできない。突然ヘッドライトの光の輪にシカが現れて急ブレーキを踏む。もうここは人間の領域ではない。
草木も眠る丑三つ時、国立公園ゲート直前にあるヨセミテ・ビュー・ロッジに到着した。部屋はとても大きくて綺麗だ。キャンプの自炊を前提としているのか、調理道具は見事なまでに揃っていた。

一夜明けて、峡谷の山に朝日が昇った。切り立った崖に囲まれた細い谷に、へばりつくようにしてホテルが建っていたことがわかる。昨夜は景色が見えなかったため、まるで町から山間にワープしてきたかのような錯覚を覚えた。
友人は朝日をカメラで撮影したいということで、もう出発しているようだ。車は1台しか借りていないので、私はバスでヨセミテに入ろう。ロビーに行ってバスについて訪ねて見ると、午前最終のバスがあと20分ほどで到着するという。オフシーズンということもあってか、バスは朝のうちに数本しか走っていないようだ。
ヨセミテの観光シーズンは、毎年4月~10月くらい。日本語で説明されるとそうなるのだが、実際にはサマータイムが実施されている期間中と言い方が正しいように思う。実際、今回の出張の前半、ロサンゼルスに滞在中にサマータイムが終わり、時計を調整するという体験をした。ヨセミテはこの陽を境に冬という季節になったようである。
あわてて支度をして、バス停で待っているときっかり定刻にバスがやってきた。乗客は私を含めてわずか5名。それでも丁寧に運転手がガイドをしてくれる。ゲートをくぐるといよいよヨセミテ国立公園へと進入する。

ハーフドームに陽が沈む

夕焼けのハーフドーム

公園内は絶壁の高さが1kmもあるという巨大な岩『ハーフドーム』を中心として、様々なキャンプ場、散策路が整備されている。このあたりはヨセミテビレッジと呼ばれている一体で、一般観光客は、まずここでアクティビティを楽しむのが定番となっているようである。
国立公園自体はとてつもなく広いので、車があっても全部を1日で回るのは無理である。必然的に、やりたいアクティビティを決めて、それを楽しむというスタイルになるだろう。
私は本当は乗馬でトレッキングをしてみたかったのだが、厩舎に行くと、サマータイムの終焉と共に『馬も厩舎にしまいました。また来シーズンにどうぞ』と貼り紙がされてしまっていた。残念。
仕方がないので、友人と合流して写真撮影に付き合うことにした。本当は私も「写真素材コーナー」の写真を撮影するつもりでいたのだが、カメラの入った荷物はロストしてしまっている。運良くたまたまビジネスバッグに入れておいたハンディカムが1台あるだけだ。ただしこれも充電器は荷物の中なので、この電池が切れるまでのアイテムではあるのだが。

公園内には、それこそアメリカン・カントリーな光景のオンパレード。大自然に包まれている感覚をたっぷりと味わうことができる。風景については、私のつたない文章ではとても表現できないので、ビデオカメラの映像で確認していただきたい。
ヨセミテビレッジは、氷河によって削られて作られたU字谷の底に位置している。谷の底に動物や植物の楽園があるという感じだ。両側は断崖絶壁に囲まれているのだが、歩きながらその崖に近づくと、なにやらカチンカチンという金属音が聞こえてくる。最初のうちは不思議に思っていたのだが、カメラの望遠レンズで崖を覗くと原因がわかった。
ほとんど垂直に切り立った崖にロープを張ってよじ登っている人がいる。それも数人ではなく、いくつものパーティーが挑んでいる。音は彼らの使う岩登りの道具がふれあうものだったのだ。
そういえば、ロスの会社の人が昔2日かけて登ったことがあると言っていたことを思い出す。垂直の岩にみのむしのようにぶら下がったまま寝たりするそうだ。

公園内を1日かけてドライブした。テナヤ湖方面にも足を伸ばす。
ヨセミテで一番の美しい光景は、夕刻、ハーフドームに陽が当たる瞬間だというので、夕方にはビレッジに戻ってくる。ハーフドームを見るのに良いポイントは2カ所。トンネルビューと呼ばれるヨセミテバレーの入口と、グレイシャーポイントというバレーの絶壁の上だ。トンネルビューはビレッジからも近いが、グレイシャーポイントに行くには車が必要だ。
まずはトンネルビューから。ここはちょうどワオナ方面に行く道路が、岩を突き抜けるためのトンネルの出口に位置している。日本で言うならば、見返り富士といった感じになるだろうか、バレーの向側にハーフドームを望むことができる場所だ。駐車場があり、世界各地の人が記念撮影をしていた。

しかし、圧巻はやはりグレイシャーポイント。トンネルビューから車でさらに30分ほど絶壁を登っていったその頂上だ。駐車場から10分程度歩くことになり、さらに街路灯が一切ないために、夕刻に行く場合は懐中電灯が必需品である。
徒歩ではヨセミテバレーの本当に岩の縁まで行くことができる。下を見ると遙かカリービレッジキャンプ場が見える。すごい高さだ。そして目前にハーフドーム。ちょうど夕陽があたって、岩全体が赤く輝いている。
やがて夕陽が谷の向こう側に沈むと、星が瞬き始める。谷にキャンプの灯がちらつきはじめ、夜の支配する時間へとゆるやかに移行していくのだ。

風力発電所

テナヤ湖

翌日は日本に帰る日である。サンフランシスコ発昼過ぎの飛行機に乗る必要があるため、まだ暗いうちにホテルを出発する。またまた真っ暗な中をドライブすることになるが、今度はマーセドのあたりまで来たとき、大地から大きな朝陽が登ってくるのを拝むことができた。
マーセドで朝食を摂りフリーウェイに乗る。朝陽を背景にひた走ると、途中に風力発電所があった。巨大な風車が何本も林立している。風力発電所はヨーロッパでも見かけたが、ここのは規模が大きく、一面に風車が立ち並ぶ不思議なシーナリーであった。

ちょうど私が運転しており、時間的にも余裕があったので、思い切ってすぐ横のインターチェンジで途中下車。一般道路を少し走ると風力発電所へと続く砂利道があったので、そちらへ曲がってみた。道は途中で巨大な柵で封鎖されており、風車の真下まで行くことはできなかったが、かなり近くで見物することはできた。当たり前だが風が相当強い。
荒野のまっただ中に、小高い丘があり、そこを猛烈な勢いで風が駆け抜けていく。聞こえるのはただ風と風車の音だけ。人の生活の源である電力がこんなところで生み出されるのか思うと、なんだか面白い。水力、火力、風力・・。錬金術のようにも思えるではないか。