広大な自然の中へ
漆黒のフリーウェイを車は時速70マイルで疾走していく。サンノゼから約2時間ちょっと、寝静まったマーセドの町で、給油のためにガソリンスタンドに初めて止まった。友人と二人、レンタカーでヨセミテ国立公園に向っている途中だ。
私は純粋に感光のためだけに米国に来たことはまだない。今回は仕事のスケジュールの後半に空きがあったので、その時間を利用してヨセミテ見物をすることにしたのだ。しかし、ロサンゼルス近郊で発生した山火事のせいで、空港に煙が流れ込み、飛行機が離陸できずに午前中から大幅に予定が遅延している。
当初昼過ぎにはサンノゼでの最終打ち合わせを終えて、そのままヨセミテに行くつもりだったのだが、私の荷物がロストしてしまったこともあり、打ち合わせが終わり、(日用品がなにもないので)買い物を終えた頃には夜の8時を回っていた。
サンノゼからヨセミテまでは車で約4時間半~5時間かかる。ホテルには電話で深夜に到着することになる旨を伝えて、ここまでノンストップで走り続けてきたのだ。
コンビニで飲み物を購入して、人馬ともに一息つく。マーセドを越えると、それまでの高速道路とはうってかわって道は田舎道に変わる。どこまでも一直線の荒野の中を、ほとんど対向車も来ないまま時間だけが経過していく。周囲は真の闇。明かりひとつも見えないので、運転手交替を兼ねて路肩に車を止めて車外に出てみた。
ヘッドライトを消すと、太古の昔、インディアンたちが見てきたであろう畏敬すべき自然の光景が浮かび上がった。満天の星。360度の半球となった星たちの海。しばらくは声も出ない。
日本では見ることのできない空だ。元天文部の友人がぽつりとつぶやいた。その声で我に返ると、今まで海に見えていた空には、知っている星座や天の川が出現する。
ぐるりと見渡しても、どの方向にも地平線がある。昔の人には当たり前に見えていたのだが、今はほとんどの人が見ることができなくなってしまった風景。人は星空を失って、ネオン光り輝く夜景を手に入れたのだと気がついた。
マーセドを過ぎて1時間もすると徐々に山道へと分け入っていく。アップダウンが連続するワインディングだが、やはり黒一色に包まれていて、景色を窺うことはできない。突然ヘッドライトの光の輪にシカが現れて急ブレーキを踏む。もうここは人間の領域ではない。
草木も眠る丑三つ時、国立公園ゲート直前にあるヨセミテ・ビュー・ロッジに到着した。部屋はとても大きくて綺麗だ。キャンプの自炊を前提としているのか、調理道具は見事なまでに揃っていた。
一夜明けて、峡谷の山に朝日が昇った。切り立った崖に囲まれた細い谷に、へばりつくようにしてホテルが建っていたことがわかる。昨夜は景色が見えなかったため、まるで町から山間にワープしてきたかのような錯覚を覚えた。
友人は朝日をカメラで撮影したいということで、もう出発しているようだ。車は1台しか借りていないので、私はバスでヨセミテに入ろう。ロビーに行ってバスについて訪ねて見ると、午前最終のバスがあと20分ほどで到着するという。オフシーズンということもあってか、バスは朝のうちに数本しか走っていないようだ。
ヨセミテの観光シーズンは、毎年4月~10月くらい。日本語で説明されるとそうなるのだが、実際にはサマータイムが実施されている期間中と言い方が正しいように思う。実際、今回の出張の前半、ロサンゼルスに滞在中にサマータイムが終わり、時計を調整するという体験をした。ヨセミテはこの陽を境に冬という季節になったようである。
あわてて支度をして、バス停で待っているときっかり定刻にバスがやってきた。乗客は私を含めてわずか5名。それでも丁寧に運転手がガイドをしてくれる。ゲートをくぐるといよいよヨセミテ国立公園へと進入する。