パラオ~南海の楽園~

2004年2月

垂直尾翼を修理

椰子の葉が揺れるパラオのホテル

同行予定者が都合で行けなくなったのでパラオに一緒に行かないかと、スキューバダイビングのライセンスを持つ友人から電話があり、日本では雪が降るかもしれない時期にも関わらず、思いがけず南の島へと飛ぶことになった。こうでもしないと君は南の海なんて行かないからね、とは彼の談である。
パラオ共和国は遙か南の洋上に連なる200以上の島からなる楽園の国である。グァムのさらに南西、赤道の少し北側(緯度10度前後)にあり、日本からの直行定期便はない。日本から見てほぼ真南に位置するため時差はない。
ここはダイバーたちにとっては絶好のポイントが点在する場所であり、憧れの聖地でもあるという。そのためダイビング関連会社などが企画するパック旅行のチャーター便が、月に何回か運行されている。今回はそれを利用して、成田発のツアーチャーター便でパラオに発つこととなった。
当初、成田を夜発ち、深夜2時前にはパラオに到着するスケジュールだったのだが、出発直前、乗客の搭乗が終わってから飛行機の通信設備に異常が見つかり、修復のためにそのまま機内で待たされることになった。しかし、通信機器は機材を取り替えても直らず、今度は垂直尾翼のカバーを取り外してアンテナの修理もするという。その間、機内でアイスクリームなどを食べながら待つ。アンテナの修理でなんとか機能が回復し、ようやく離陸。パラオに着いたのは夜明け前であった。
パラオ国際空港からホテルまではバスで送迎してくれる。現地の人も、我々の到着を深夜なのに待っていてくれたわけである。なんだか申し訳ないような気になってしまう。
成田空港の飛行機の行き先表示ではパラオは「Koror(コロール)」となっている。コロールはパラオの首都の名前であり、同時に首都がある島の名前なのだが、実は空港はコロール島でなく、お隣のバベルダオブ島にある。
バスは空港を出ると、2002年に日本の技術協力で完成したばかりの、日本パラオ友好橋を渡ってコロール島へと入る。周囲はまだ真っ暗なので、景色がよいのかどうかもわからない。点々とライトと家のランプが灯っているだけである。
コロールの中心街(といっても家々が少し立ち並んでいる程度)を抜けると、今度はコーズウェイと呼ばれる浅瀬に作られた土手のような橋を渡って、ホテルがあるアラカベサン島に移動する。この橋も昭和11年に旧日本軍が建造したもので、橋のたもとには未だにトーチカの跡が残っている。
午前5時過ぎ。やっとホテルに到着である。Palau Pacific Resort(PPR)は、ホテルの敷地内に、プール、プライベートビーチ、レストラン、DFS、コンビニ、ダイビングショップ、ジムやジャグジー、専用の桟橋まで、滞在に必要なほぼ全ての施設が揃っている。日本大使館もこのPPRの敷地内にあるので大変心強い。
あとは約1週間後に飛行機が迎えに来るまで、ここと海中を往復するだけだとは友人の弁。さっそく8時にはダイビング会社の船が専用桟橋にやって来ると言う。彼はライセンスを持っているので良いのだが、まだ体験ダイビングの私は、体力にそこまで自信が持てないので、本日分はキャンセルしてもらうように友人に頼んで、そそくさとベッドに潜り込んだ。

シュノーケリングとカクテルパーティー

砂浜近くの海中には小魚が泳いでいる

正午過ぎ、ドアをノックする音で目が覚めた。アロハシャツ姿のボーイが目をこすっている私を見て、ベッドメイキングをするかと申し訳なさそうに尋ねる。友人の分だけをお願いして改めて周囲を見る。
広々とした部屋。天井でゆっくりと回転する大きな扇風機。テラスの向こうには椰子の木と青い入り江が見える。気温も湿度も高い。ああ夏だなと、一夜にして変わってしまった季節に驚いた。
ボーイは、夕方にはホテルの池でエイの餌付けがあるからそれを見たらどうかと、そして、今夜はカクテルパーティーがあるからと案内状を置いていってくれた。とりあえずお礼を言って思い切りノビをしてみる。今日はまだ半日たっぷりと残っている。さあ、バカンスの始まりだ。

ホテル内を一通りざっと見た後、水着に着替えてプライベートビーチに出てみる。きつい南国の日差しの中で、様々な国の人がパラソルの下でうたた寝をしている。ダイバーたちは、みな海に行ってしまったのか年齢層は比較的高めだ。人数も少なく、とても落ち着いた雰囲気である。
ビーチの入口では、ボーイからタオルやシュノーケリンググッズを無料でレンタルできる。ホテルのプライベートビーチの先が、ちょうど魚たちが集まる有名なシュノーケリングポイントになっているのだ。
ビーチから沖に向かって水が腰くらいに来る深さまで進むと、海底に珊瑚の岩場がある。ここまではあまり魚の姿は見受けられない。岩場の先からはやや水深が深くなるので泳ぎながらゴーグルで海中を覗く。
いたいた。色とりどりのきれいな魚がちらほらと泳いでいる。中には私の体をつんつんとしきりに突いてくる魚もいる。実は縄張りを守るために威嚇しているそうだ。
また少し進むと再び珊瑚礁がある。珊瑚の岩の上に立てば海面に顔が出るが、水深は足が着かない程度の浅瀬だ。どうやらここがポイントらしい。様々な種類の魚が、ひらひらと美しい色彩を煌めかせて水中を舞っている。水族館の中に自分も入ってしまったかのような光景である。
魚たちと一緒に泳いでいると、時間はあっという間に過ぎてしまう。そんなに泳いでいた感覚はなかったのだが、部屋に戻ると3時半を回っていた。
シャワーを浴び終えるとすぐに、友人がダイビングから帰ってきた。ほとんど寝ていないから疲れたと言いながらも、エイなどが見られて満足そうである。
陽が傾いてきたので、ボーイからもらったカクテルパーティーの案内状を持ってプールサイドへ向かう。案内状によると、お奨めは『スペシャルココナッツ・ラムパンチ』と書いてある。ドリンクサーバーは椰子の実を丸ごとひとつ取り出すと、ナタを振るって上部を大きくカットし、中にラム酒を注ぎ込んで手渡してくれた。ココナッツのラム酒割といったところか。なかなかいける。
カクテルパーティーも終盤になると、パラオの民族衣装(?)を身につけた人が登場し、歌と踊りが披露される。男性が威勢良く叫ぶ漁師たちの歌のようだ。
太陽が大海原の彼方に黄金色になって落ちていくと、すぐに黒雲がわき上がってスコールがやって来た。パーティーもお開きになり、そのまま屋根のあるレストランに移動した。当初は、パーティーの後はコロールの街の食堂にでも行こうかと話していたのだが、いろいろとつまんでいるうちに十分に満足してしまったので、食後のフルーツを食べただけで部屋に戻った。

ダイビングで海底世界を探検

透き通った海の砂浜に巻き貝の貝殻が打ち上げられていた

朝起きると昨日と同じように晴れている。今日は体験ダイビングに出かける。
朝食を摂ってホテルの桟橋に行くと、すでにダイビングボートが止まっていて、他のダイバーたちも乗っていた。私たちを乗せるとすぐにポイントに向かって出発する。
ダイビングボートは比較的小型なのだが、日本製のエンジンを2つも搭載していて、凄い速度で疾走していく。ボートにしっかりと掴まっていないと吹き飛ばされそうになるので、みなウインドブレーカーのフードを立てて大人しくしている。陸はどんどん小さくなり、ロックアイランドと呼ばれる小さな島々が次々に後方へと流れていく。30分くらい走って体験ダイビングのポイントに到着した。
ガルメアウス島。南の島のパンフレットに写っている写真をそのまま再現したような美しい無人島。ここが最初のポイントである。
無人島ではあるが、各種ツアーのランチポイントにもなっているので、簡単なトイレと屋根の着いたベンチがある。昼頃には観光客で混雑するとインストラクターが教えてくれた。

パラオの海中を泳ぐ魚たち

1日ずらしたせいか、本日の体験ダイビングは私ひとり。つまりインストラクターとマンツーマンである。友人を含め、他の正式なダイバーたちは別のポイントに行くそうだ。講習を受けてからまずは1回目のダイブ。
耳抜きをしながら、海底に沿ってどんどん水深を下げていく。海底はとても静かでどこまでも青い。以前、沖縄で同じように体験ダイビングをしたことがあるが、海の透明度と色が全く異なる。
白い砂浜の海底をずっと降りていくと、やがて珊瑚の岩場が現れた。やはり魚たちは珊瑚の周囲にいた。インストラクターが、海中でも文字が書ける不思議なホワイトボードに「ウミウシのなかま」などと書いて説明してくれる。
ある程度の水深までくると、日の光が一気に弱くなり、視界が深い青色に染まる。このあたりまで来ると、やや大きな魚を目にすることが出来る。サメやカメなども、たまに見かけるそうだ。
小1時間ダイブして1回目は終了。外は暑いのだが、長い間水中にいると体が冷えていて寒い。ガルメアウス島もまだ混雑していないので、ランチを摂って、日光浴してから2本目に挑戦した。
今回はデジカメと水中ハウジングを装備してのダイブ。カメラを持っているからと言って、ダイビング自体の難易度はそんなに変わらない(陸上で荷物を持っているより抵抗感は少ない)のだが、撮影は非常に大変であった。

海中から上を見上げるとブルーのグラデーションに見える

水中の撮影は陸上とは全く別物である。陸ではファインダーに被写体を捉えてシャッターボタンを切るだけの作業なのだが、水の中では被写体をファインダー内に入れることが、まず難しい。こちらの動き、特に上下方向がとても遅いのに対して、魚たちは水中を自由に高速で動き回っている。カメラではっきりと撮影するためには、すぐ近くまで寄らなければならないのだが、そうすると魚はすっと一瞬で逃げてしまうのだ。
水中では、どちらかというと、魚が来そうな位置にあらかじめカメラを構えておき、うまく来たなと思ったらシャッターを切るという方法がベストだ。また一般的なデジカメは、オートフォーカスで合焦するまでのタイムラグが若干あるので、その分を見越してシャッターを押すことも重要である。
例えて言うなら、カメラを持った赤ん坊が、目の前を通過するF1レーシングカーを撮影することに似ている。近距離ということもあって、エイやマンタのような大きな魚でない限り、彼らはとても速い。最初のうちはしっぽの先がちょっぴり写っていただけということが多かった。
2本目を終えて水上に浮上すると、なんとスコールになっていた。海の中では全くわからなかったが、土砂降りである。迎えのボートも戻ってきたので、まずはこの島を離れることにした。
南国のスコールは局地的に短時間、集中的に雨が降るだけである。ボートで少し離れると雨は止んで天気は回復する。海が荒れるということもない。

海の底には変わった生物が暮らしている

体験ダイビングは本来のコースはもう終了なのだが、日程をずらしたため乗り合わせているのはライセンスを持ったダイバーたち。3本目も行きますか、ということで今度はそのまま全く違うポイントへ向かった。
着いたところは複雑に入り組んだ入り江。周囲はマングローブの林と天然の洞窟のような岩に囲まれ、まるでテーマパークのアトラクションのようだ。ここは珊瑚と岩場が複雑に絡み合っており、いろいろな水中生物たちがいるらしい。
ボートをマングローブの木の枝にロープで固定して、ダイバーたちは反対側の縁からエントリーする。インストラクターは「はじめてのバックロールですね」と笑っている。そう。よくテレビで見かける、船から後ろ向きにドボンと沈むあのスタイルである。いきなりやってみてくださいということなので、その場で説明を聞いてトライ。海中でぐるりと回って潜行。なんだか宇宙遊泳のようで面白かった。
このポイントは岩がごつごつしていて進むのが難しい。うまく体勢を制御できず、あちらこちらにぶつかりながらなんとか進むといった感じである。しかし、岩の表面に生息するイソギンチャクのような生物や、珊瑚の陰に隠れる魚たちなどを観察することができた。

くらげファンタジー

森の中にあるジェリーフィッシュレイク

小さな緑の島が点々と存在するパラオ周囲の海域はロックアイランドと呼ばれている。その中に世界でもここでしか見られない不思議な湖があるという。さっそく出掛けてみることにした。
Jelly Fish Lake(ジェリーフィッシュレイク)と呼ばれるその湖は、島の中にあるのだがピンク色をした綺麗なクラゲが大量にいるというのだ。海にいるJelly Fishは人を刺すことがあるが、この湖のクラゲは刺さないらしい。

わくわくしながらクルーザーに乗り込んで、昨日ダイビングを楽しんだガルメアウス島へ向かう。ダイバーたちの乗るボートほど速度は出ないため、時間はかかるが乗り心地はとても快適。乗り合わせた方々と談笑しながら約1時間で到着だ。
今日のガルメアウス島はとても混雑していた。台湾からの団体さんが来ているようだ。パラオには日本からは年間約2万人の人が観光にやってくるそうだ。対して台湾からの観光客は約2万7千人。台北からはほぼ毎日直行便もあり、便利がいいのだ。
ここで小型のボートに乗り換えて、いよいよジェリーフィッシュレイクに向かう。さらに20分ほど進むと、森の中に小さな桟橋が見えて来た。船で来られるのはここまで。これから湖までは10分くらい山道をトレッキングしていかなければならない。
距離的にはほんの少しなのだが、斜面が大変急で、行きも帰りも上り下りの両方がある。斜面の箇所にはロープが張ってあるので、それをたぐり寄せながらゆっくりと進んでいく。急斜面を下ると、周囲を森でぐるっと囲まれた深緑色の湖が姿を現した。

くらげがふわふわと漂っている

道の終端に申し訳程度の桟橋が突き出ているだけで、他に平坦な部分は全くない。まさに人を寄せ付けない神秘の水面が静かに広がっているだけだ。水深はいきなり相当深くなっている。岸の部分まで人が立てるような浅瀬は全く見あたらない。桟橋の上でフィンとマスクを着けて飛び込んだ。
岸の近くには黒っぽい魚がわずかにいたのだが、泳ぎはじめるとそれらの姿は1匹も見えなくなった。またクラゲの姿もない。マスクで湖底方向を覗いても、ただ一面の緑色である。どこかで海と繋がっているのだろうか、水は少し塩辛い。
湖の中央に向かって少し進むと、ついにジェリーフィッシュが姿を現した。手のひら大の可愛いクラゲだ。透き通った体をピンクや黄色に光らせながら、ふよんふよんとたゆたっている。触ると食べ物のゼリーのような感触が伝わってくるが、逃げもしないし刺しもしない。彼ら自身、意志を持って動いているのかどうかよくわからない。植物と動物の間のように、ただ静かにたゆたうだけ。
奥の方に進んでいくと、ジェリーフィッシュはどんどんとその数を増していく。そして中央部を過ぎたあたりからは、まるでクラゲ風呂になってしまったかのような大群である。泳いでいてもクラゲを避けることは出来ない。クラゲたちと一緒にひたすら深緑の世界を進んでいく。

くらげの大群に遭遇

水の中に潜ると視界は青緑色に染まる。その中にまるで銀河の星々のようにクラゲが散りばめられている。湖底が見えないため、どちらを向いても一定の密度で、緑の銀河に浮かぶクラゲ宇宙が広がっている。ファンタジーが聞こえる。
さて、一度ガルメアウス島まで戻ってランチを済ませ、再びクルーザーに乗る。午後は2つのポイントでシュノーケリングを楽しんだ。
クルーザーで移動していると、カメやサメが時折海面に顔を出して挨拶していく。気持ちがよいので、船の一番上でごろごろと寝転がっていたのだが、これとシュノーケリングが原因で、ホテルに帰ってからとんでもないことになってしまったのだ。
日焼けである。日焼け止めクリームはあらかじめ塗っておいたつもりだったのだが、塗り忘れていた部分があったのだ。脚の膝から下の部分である。普段、あまり気にしていないところではあるのだが、シュノーケリング中は特に、身体の後ろ側が太陽に晒されるため、両脚とも膝からふくらはぎの後ろ側が、真っ赤に腫れ上がるほどひどい状態になってしまったのだ。
部屋に帰ってから気がつき、夕方ホテル内のショップで日焼け用のジェルを購入したのだが、効果は一向になく痛みはどんどんひどくなる。そればかりか皮膚が突っ張ってしまい、さらに立ち上がったりして血が足に移動すると激痛が走るため、夜には立つことすら出来なくなってしまった。
シャワーの水で冷やしたり、大量に水分を摂取したりしたのだが、とうとう夜中にはトイレに立っていくことも(立ってすることも)できない状態に。うんうんとうなりながら、この夜はほとんど一睡も出来ないまま過ごした。

パラオ、ふしぎ発見!

青い空と青い海

朝になったが、痛みは全然回復しない。これでは今日は1日部屋から出られないのではないかと思う。このままでは最悪日本に帰ることすらできないかもしれない。何にしても立ち上がれないと話にならないので、30分ほど時間をかけて、徐々に血流を足に移動し、痛みに慣れる練習をしてみる。
どうやら一番辛いのは、ただ立っている状態の時である。なんとか立ち上がることができれば、普通に歩いている間は、どういうわけかわからないが痛みはかなり少なくなる。歩いている間は、むしろズボンの布が皮膚に触れる痛みが大きい。
1時間程度だましだまし部屋を歩き回ったりしてみたが、最終的には鎮痛剤を服用することにした。根本的には解決にならないが、痛みを軽減できれば、立ち止まらない限りは行動できるからだ。
ここまでして決断しなければならなかったのには理由がある。今日はバベルダオブ島の最北端にある、謎のストーンモノリスを見に行くつもりでボートをチャーターしているのだ。さらに午後には、パラオ上空を遊覧飛行するセスナ機もチャーターしてしまっている。
鎮痛剤を飲んで少しすると痛みがやや引いてきた(痛覚が鈍くなってきた)ので、パラオの航空会社ベラウ・エアーにリコンファームして行くことを決定。
パラオにはダイビングやシュノーケリングなどのアトラクションを楽しみに来る人がほとんどだという。しかし、島の中の文化的な面にも触れてみたい。そこで今日は海には潜らず、島の中を見て歩くのだ。

フルーツバットが鳥かごに入っている

パラオ国際空港があるバベルダオブ島は、かなり大きな島である。南の方は空港もあり、コロールとも近いので道路も通ってるのだが、島の北部までは普通の車が走れるような道はない。そんな島の最北端には謎のストーンモノリスとストーンフェイスがあるのだそうだ。
ストーンモノリスとは、密林の中に立つ石柱のことだ。イギリスのストーンヘンジのように、古代何かの儀式の場であったのではないかと言われている。ストーンフェイスの方は、端的に言ってしまえばモアイである。モアイ島のもののように巨大ではなく、小さな石に顔が掘られているとのこと。
ホテルに日本人ガイドさんが迎えに来てくれたので、PPRの反対側に位置するマラカル島のマリーナまで車で移動する。ここからボートでストーンモノリスの村まで海を渡っていくのだ。
ボートはダイバーたちが乗るものよりもさらに小型。しかし、エンジンはやはり大出力のものが2つ付いていた。ガイドさん曰く、ストーンモノリスを見に行く人なんて年に数回しかないとのこと。石の専門家か何かですかと聞かれてしまった。よほどのことらしい。

ボートで海の上を疾走すること約1時間半。ついに前方に最北端の岬が見えてきた。このボートの速度はダイバーボートの比でない。疾走するというより、ほとんど海面を「飛び跳ねている」状態だ。横の運転席を見ると、スロットルレバーは常に全開。ほとんど180度の水平位置まで前方に倒され切った状態にある。また、スクリューと船の後方の一部しか着水していないため揺れが激しい。ジェットコースターに1時間半乗り続けたような気分だ。
到着した港の桟橋ではNISSANの貨物用四駆が待ち構えていた。車の助手席と荷台に乗ってストーンモノリスのあるところまで行く。砂利道を走って丘を登ると、すぐに現地の集落が見えてきた。
運転手が1軒の家の前で車を止める。なにかあるのかと思いきや彼の自宅らしい。庭先では奥さんらしい人が腰掛けていた。なごやかに挨拶をしながら、ふと、軒先に吊る下がっている鳥籠が目に入る。中には黒い鳥が3羽ほど入っていた。よく見るとなんとコウモリである。籠の上部に足を引っかけて逆さまになっている。
運転手に尋ねると、「そう、コウモリだよ。スープにするとうまいんだ」と笑った。スープ!?「ああ、フルーツバットはとてもおいしいんだ。君も食べてみるかい?」
答えは当然Yesだ。実に好奇心がかき立てられる。ここで引いてしまっては、ここまで来たプライドが許さない。しかし、実際には時間がなく、ここでコウモリを食べることはできなかった。

島にはストーンモノリスが点在している

集落からまたさらに登る。途中で道を外れ、ただの草原を走り出す。一面の草野原にはところどころパイナップルに似た実を付けた樹が生えていた。フルーツバットはこの実しか食べないんだと、運転手が教えてくれた。
丘の一番高いところに、簡単な屋根を取り付けただけの休憩所があった。大地は海に向かって斜面になっており、そこにモノリスが点在しているのだという。車から降りてエメラルドの海面が遙かに輝く草原へ。
周囲には人工的なものは何もないのだ。しかし、そこにストーンモノリスはあった。

訪れる者は本当に少ないのだろう。草原にはわずかに草が踏みしめられた跡が残るだけ。それもモノリスの近くになると消えてしまう。風だけが通り抜けていく南の島のはずれに、黒い石が転がっていた。
荘厳でも、巨大でもなく、数も少ない。ほんの10個ちょっと。観光地でもなく、生活圏内でもない、素朴な自然の中で、岩に刻まれた顔がじっとこちらを見ている。
それでもモノリスは、周囲の風景とは明らかにかけ離れた人工物である。近づいてみると、岩の上部が円形に穿たれているものがある。柱か何かを支えていたようだ。穿たれた部分は、少し先の別の岩とびったり高さが一致する。

木陰にストーンモノリスの大きな石が転がっている

伝説では、モノリスは神と精霊の集会所の跡、ストーンフェイスはそれを作った人間が石に変えられたものだと記されているそうだ。しかし、そんなことはどうでもよいではないか。そう思わせてくれるのに十分な素朴さ。ここには神聖さを感じさせてくれる石がある。それだけでいいのだ。不思議発見である。
ストーンモノリスを見下ろしながら休憩所で昼食を摂った。今日のメニューは、タロ芋、ロブスター、カメの焼き肉、果物(名称不明)、そしてココナッツである。この土地にあった飾らない食事でとてもうれしい。こういう観光ができることに感謝したい。
日焼けがひどいのであまり食欲がなかったのが残念だが、カメの焼き肉が特においしかった。
遊覧飛行機に乗るために港へと向かう。またここに来ることがあるだろうか。また来たときに今日と同じように素朴なままだろうか。いずれにしても、近年では一番本当の旅行になったことだけは間違いない。

空から見るパラオ

セスナ機で海の上を飛ぶと眼下に島と青い海が見える

PPRに戻ってくると、ほどなくベラウ航空の人が迎えに来てくれた。現地の整備士の方と日本の飛行教官の方。パラオの遊覧飛行に大阪にある航空会社が提携しているとのことだ。
とても親切な人たちで、日焼けがひどいことを話すと、途中でわざわざ薬屋さんに寄ってくれた。朝から飲んでいた鎮痛剤が切れ始めたところだったので大変助かった。
パラオに着いたときには夜だったので、飛行場の様子は全くわからなかったが、こうして昼間来てみると、とても小さな空港であることがわかる。日本では島部にあるような滑走路が1本と小さな空港ターミナルだけの可愛らしいものだ。空港ターミナルは日本の協力で昨年できたばかりだそうだ。それまでは、横にあるさらに小さなターミナルを使用していたらしい。

今日乗る機体はセスナ機。小型だが10名近くは乗れるようだ。乗客は私だけなので、一番良い席を確保してもらった。
パイロットはオーストラリア人でとても陽気だ。小さなセスナは、滑走路を少し走ると、すぐに大空に舞い上がった。
飛行機は、コロール島を横切って、島々が点在する海の上へ。コバルトブルーの海に雲の陰が映っている。昨日行ったジェリーフィッシュレイクを超えて、ジャーマンチャネル、ビッグドロップオフ、ブルーコーナー、ロックアイランドといったポイントが次々と眼下に現れる。島の間を白い尾を描いて進むクルーザーや、シュノーケリングを楽しむ人たちが模型のように流れていく。
海の中から空中まで、パラオは本当に綺麗だった。

赤道の近くでは日本と星の動き方が異なる夜空が見られる

夕食は友人と一緒にコロールではかなり有名なお店であるドラゴン亭へ。沖縄料理から焼き肉まで取り扱うレストランである。
そして、ついに昼間食べる機会がなかったコウモリ料理がメニューにあるのを発見。フルーツバットパイ。迷わず注文する。お値段はやや高め。パイと書かれていたが、実態は運転手が話してくれたようにスープだ。ラーメンのどんぶりに似た器に入ったスープを隠すようにパイが被さっている。
パリパリとパイを破いたとたん、友人の絶叫がこだました。あまりにもそのままである。コウモリが、毛もそのままの状態、そのままの形状で、丸ごと一匹入っていた。見た目には相当なインパクトがある。
それに毛も食べるのか等、悩むことも多い(注:毛は食べない)。肝心の味の方だが、鶏肉のような、魚肉のような柔らかく、あまりクセもない肉で、なかなかの美味である。ただし、コロールの地元の店員さんが嫌そうな顔をしていたのが気になる。パラオでも一部の人が食べるものなのかもしれない。
最後には、店主が(グロテスクに)さばいてくれた。舌と脳みそがおいしい。喘息にも効く料理とのことだ。
他にはナポレオンフィッシュの唐揚げなども賞味できる。最後の夜にとても貴重な経験ができた。

翌日、日本へは4時間ほどで帰ってこられた。空港に着いた瞬間から寒い。風邪を引かないように気をつけなければ。