トワイライト・エクスプレスで北を目指せ

2006年2月

豪雪を乗り越えて、北を目指す

大沼公園内を走るトワイライトエクスプレス

札幌に出張に行くはずなのに、なぜか朝の東海道新幹線に乗って大阪に向かっている。寝台特急トワイライトエクスプレスのチケットが取れたからだ。
トワイライトエクスプレスは、大阪発札幌行きの臨時寝台特急で、日本の旅客列車では最も長い距離を走る列車である。大阪始発で、東海道本線から湖西線で琵琶湖の横を抜け、北陸本線を日本海に沿ってずっと北上していく。新潟県からは信越本線、羽越本線を走り、秋田から奥羽本線を経て青森へ、津軽海峡線で青函トンネルを抜けて北海道に上陸し、五稜郭から函館本線、室蘭本線、千歳線を経由して札幌に到着する。全行程約1500Kmを21時間かけて走るのだ。
この列車は、登場当時は完全な貸し切り列車として運行され、すべてが個室車両、中にはスイートと呼ばれる展望室もあったことから、豪華寝台特急として話題になった。現在は一般的に切符を買って乗ることが出来るようになっているが、やはり人気列車であることには変わりない。移動手段としての列車というよりも、列車での旅を楽しむことに主眼を置いた特別な寝台特急なのである。

大阪駅で出発を待つトワイライトエクスプレス

午前11時、大阪駅に着く。トワイライトエクスプレスは12時ちょうどに発車なので、まだしばらく時間がある。これから21時間も列車に乗るわけだから、さすがに少しは退屈する時間もあるだろうと、駅内の本屋さんに行き雑誌を買う。西村京太郎氏がトワイライトエクスプレスを題材にした推理小説を書いていた記憶があったので、それを探してみたが残念ながら見つからなかった。しかし、推理小説も雑誌も全く必要なかった。事実は小説よりも奇なりで、この後なんともエキサイティングな旅が待ち構えているとは、この時点では想像だにできなかったのだ。
ホームに上がってみると、神戸方向からちょうどトワイライトエクスプレスがゆっくりと入線してくるところであった。ずいぶん早い時刻に入ってくる。この後、食堂車に食材を積み込んだり、様々な準備をするための時間であろうか。列車がホームに着くとすぐにドアが開き、乗客の他に、見送りの人、見学の人などがぞろぞろと集まってくる。記念撮影をする人も多い。トワイライトエクスプレスが特別な列車であることを証明する光景だ。
私の部屋は2号車のA寝台個室ロイヤル。この列車の中では、一人用では最もグレードが高い部屋である。室内は列車にしてはかなり広い。大きな幅の広いベッド、ソファにテーブル、トイレと洗面台のついたシャワー室、テレビ、食堂車への電話機等が完備されている。内装も落ち着いた木目調で高級感があり、まさにホテルの一室のようだ。室内の床は絨毯になっており、入り口のドアを開けたところでスリッパに履き替えるようになっている。このあたりも列車という感じはしない。
2号車には、私の部屋を含めて全部で5室しかない。車両の真ん中にはトワイライトエクスプレスの最上級の部屋であるスイートが1室ある。スイートは2人用の個室でツインベッドである。1号車にもスイートがあるが、そちらは車両最後部で展望室になっており、極めて眺めがよい。どちらの部屋も今日は新婚さんが利用されていた。本人たちだけでなく、見送りの友人や親族が、みんなで部屋を覗いて歓声を上げている。
トワイライトエクスプレスは9両編成。機関車と電源車を含めると全11両(北海道内はディーゼル機関車が重連なので全12両)での運転。札幌行きの場合、先頭からトワイライトエクスプレス専用のEF81型電気機関車、電源車の後、9号車、8号車が一般B寝台車、7号車から5号者が個室B寝台車、4号車が展望サロンカー、3号車がダイニングカー(食堂車)、2号車、1号車がA寝台車という構成である。
車内を見たりしている間に発車時刻になる。ところが、北陸本線で列車が遅れている関係で、出発が遅れるという放送が入った。この年の北陸地方は記録的な豪雪で、再三にわたって交通は麻痺し、甚大な被害を出していた。しかし、年が改まってからは雪も落ち着いていたし、太平側は晴れて積雪もなかったので安心していたのだが、昨夜かなりの雪があったらしい。先に発車するはずの特急雷鳥号が遅れているため、それを待ってからの発車になるそうだ。となりのホームを見ると、たくさんの人がばたばたとしているが、こちらは誰も気にしない。もともと21時間もの長距離旅行。ゆっくりのんびり楽しんでいくのだ。

出発直後に淀川を渡る

やがて隣のホームから雷鳥が出て行き、トワイライトエクスプレスも大阪を10分ちょっと遅れて静かに動き出す。淀川を渡ると車内には「いい日旅立ち」のメロディが流れ旅情が盛り上がる。寝台特急トワイライトエクスプレスは皆様の夢を乗せ、北海道札幌に向け大阪駅を出発しました。案内放送も雰囲気にばっちりだ。他のどの列車にもない特別なアナウンスが、これからの旅行を楽しむ気分にさせてくれる。
新大阪駅を出ると、車掌さんがやって来て検札とベッドの使い方等の説明をしてくれる。このタイミングでルームキーも渡されて、鍵のかけ方開け方についても細かく丁寧に教えてくれる。続いてダイニングカーのスタッフがウェルカムドリンクをサービス。窓際のテーブルにワインを載せると、部屋はまさにホテルのロビーに早変わり。ゆったりとくつろげる旅の準備が整った。
京都を過ぎて長いトンネルを抜けると琵琶湖の湖畔。ここで風景が一変した。真っ白い雪景色。雪は北陸に行ってからと思っていたが、山間部でも相当な積雪があったようた。これでは北陸地方の列車が遅れているのも仕方がないだろう。北海道に行くということもあって、徐々に雪景色になっていくことを想像していたが、今回は雪の中を走り続けることになりそうだ。
さて、いきなりではあるが、お隣の食堂車「ダイナープレヤデス」に移動してみよう。お昼のランチタイムの営業が始まっているからだ。食堂車がある列車は、日本国内ではほとんどなくなってしまったが、トワイライトエクスプレスでは、昼、夜、朝と、なんと三食すべてを食堂車で摂ることができるのだ。雪景色の琵琶湖を眺めながら、ホットなカレーライスをいただく。食堂車のスタッフもとても親切。文化的な違いもあるかもしれないが、個人的には同じ豪華寝台特急を名乗っているJR東日本のカシオペアの対応よりも、トワイライトエクスプレスのサービスの方がワンランク上のように感じた。

北陸地方に入ると一気に猛吹雪

北陸トンネルを抜けると、いよいよ日本海沿岸地方に移る。雪の量も段違いに多い。凄い積雪量である。正直なところ、目的地の北海道よりも積もっているのではないか。平均でゆうに3m以上はあるだろう。列車も速度を落として走っているようだ。
真っ白い景色の中、定刻よりもかなり遅れて敦賀駅に到着。トワイライトエクスプレスでは、各駅に到着する際にその地の観光案内も同時に放送される。たとえ降りなくても、どういう土地でどういった観光名所があるのかを聞きながら旅をすることができるのだ。
ここで後続の特急サンダーバードに追い抜かれる。サンダーバードの乗客は時間にシビアな人が多いだろうから、この雪では大変だ。車掌さんから案内があり、この列車もこの先遅れて走るとのこと。しかし、もともと長い旅。トワイライトの乗客は誰も気にとめる様子は見られなかった。それどころかダイニングカーとサロンカーでは、団体のお客さんもやって来て、雪見酒だ、すてきな景色だと、テンションはより上がっている。
敦賀からは降雪もあり、車窓が真っ白になってしまったので、室内のテレビをつけてみる。列車内では映画を上映しているが、この日の作品は「ポーラエクスプレス」。サンタクロースを信じない少年が、北極のサンタの国に行く夢の列車に乗って冒険に出るストーリーで、この状況にぴったりのチョイスである。タイミング良くはじまったばかりだったので、ついつい最後まで見てしまった。
金沢の先まで来ると、降雪は収まり、徐々に視界も良くなってきた。サロンカーに行ってみると満席で賑わっている。サロンカーには特製スタンプがあり、トワイライトエクスプレスの全停車駅の数だけ、JR西日本の職員手作りのスタンプが押せるようになっている。専用の台紙にスタンプを押していると、後ろからおばさんに「あら、きれいに押してるわね。あなたA型?」と声をかけられた。血液型とスタンプの押し方には因果関係はないような気もするが、聞けば団体で北海道に旅行に行くそうだ。サロンカーからの景色は最高で、となりのダイニングカーから食事の注文もできるので、ちょっとした宴会状態になっているらしい。

凍り付いた車窓から眺める冬の日本海側の景色

富山まで来ると雪は一段落したようである。雲も一部が切れて薄日が差し込んでいる。これは幸運である。「黄昏急行」という名前は、ここ富山から先の区間に由来する。魚津から親不知の海岸線あたりで、ちょうど日本海に沈んでいく夕日を眺めることができるのである。日本海を北上しながら夕日を眺めて北海道へ。これがトワイライトエクスプレスのコンセプトなのだ。だから、個室はすべて日本海側に窓が並んだ配置になっている。(参考までに、東京の上野始発の北斗星号やカシオペア号では、北海道内の太平洋を見られるように、この列車とは反対側に個室が並んでいる)
山側の車窓には立山連峰が続いている。魚津の海岸線に出ると、完全な夕日は見えなかったが、赤く染まった西の空と雲間からの光が、雪で染まった鉛色の世界を照らし出す幻想的なシーンに出会うことが出来た。今日という日の感動的なラストである。そして、ほどなく世界は色を失い、これから寝台の時間が始まるのだ。

台特急ミステリー!?

長岡駅で点検停車中のトワイライトエクスプレス

夜になると景色は楽しめないので、大阪で買った雑誌でも読もうかと考えていると、列車は長岡駅に到着した。ところが、なかなか発車しない。おかしいなと思っていると、「お客様の中でお医者様または看護士の資格をお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうか」との放送が入る。なにか事件があったようだ。
車内はにわかにばたばたとし始める。A寝台車両には車掌が回ってきて、列車の異常ではありませんので大丈夫ですから、そのままお待ちくださいと連絡があった。しかし、何か異常が発生したことは確実である。大阪駅で西村京太郎氏の推理小説を探したことを思い出してしまった。なんだか小説の登場人物になったような気分である。乗客のうち何人かはホームに降りている。私も外に出てみた。
寒い。この列車に乗ったのは大阪駅だから、外気温の差にびっくりした。ここは新潟県で豪雪が積もっている。ホームも線路も凍り付いていて、車体にも雪が貼り付いていた。最後尾を見てみたが、列車のトレードマークも雪で見えなくなるほどであった。早々に車内に戻ろうとすると、食堂車で会話したスタッフが小声で話しかけてきた。なんでも団体のお客様で倒れられた方がいらっしゃるみたいですよ。お酒を飲み過ぎたとかで・・。どうやら推理小説というよりは、テレビドラマのような展開である。
あの盛り上がっていた団体さんたちだろうか、と話しているうちに長岡駅には赤い回転ランプを付けた救急隊員が到着した。「大丈夫ですかね」車内で知り合った旅行者も心配そうにやって来た。担架に車イス、酸素ボンベのようなものまで用意されている。どうやらあまり大丈夫ではないようだ。本当にドラマのような状態になってしまった。結局、飲み過ぎで倒れた人は救急車で病院に搬送されていった。はしゃぎすぎで北海道旅行が台無しでは可哀想である。天候、事件、様々な要因が影響し、トワイライトエクスプレスは2時間以上遅れて夜の東北路に向かう。新婚さんの愛情、団体客の希望と落胆、様々な人間模様と北海道への夢を乗せて。

A寝台ロイヤル個室の室内

すっかり夜の帳に支配された頃、ようやく夕食の準備が出来たとの知らせが入った。ダイニングカーに移動する。昼とは趣ががらりとかわった食堂車では、先ほどのスタッフがお出迎えだ。食事はフランス料理のコースで、これも列車内とは思えない立派なもの。本日のメニューは、世界三大珍味と言われているトリュフ、フォアグラ、キャビアが一堂に会する豪華コース。これが列車内で食べられるのだから凄い。
部屋に戻ってボタンを操作すると、ロングソファがベッドに早変わりする。幅の広い大きなベッドで余裕があり、窮屈感は全くない。部屋の電気を消すと外の世界が浮かび上がった。寝台列車ではこの瞬間がなんとも言えず良い。普通の列車では車内の明かりで見えない景色でも、寝台に寝転がって照明を落とすといろいろなものが見えてくる。今の日本では、相当な山奥でない限り、道路の街灯、自動販売機や広告宣伝の明かり等で、夜でも意外に景色を見ることが出来る。トワイライトエクスプレスは羽越本線の海岸沿いを走っている。すぐ近くに深夜の暗い海が広がっていた。

美しい雪晴の北海道

目を覚ますと、列車は五稜郭駅を発車した直後であった。函館の市街を見下ろしながら、どんどんと速度と高度を上げている。時計を確認すると、やはり2時間近く遅れたままであった。深夜の青函トンネル通過の時には、サロンカーで車掌さんがトンネルについて面白く解説をしてくれるサービスがある(※注意※ 2007年1月現在ではもう行われていない)。目覚ましをかけて聞いてみたい気持ちもあったが、明日は仕事なのでやめておいた。
トンネルをいくつか抜けると視界がぱっと白くなる。大沼公園だ。駒ヶ岳の麓の湖は完全に氷結し、一面が白い鏡のようになっている。冬の北海道だからこそ見られる大自然の神秘的な光景である。やがて進行方向右側に太平洋が広がる。ちょうど朝日が昇ってくる時間だ。日本海に沈む夕日と太平洋から昇る朝日の両方を見ることかできるのは、この列車くらいであろう。車内放送も再開され、車内は再び賑やかになってきた。そして朝食の時間になり3度目の食堂車へ向かう。朝食は洋食、和食の選択が可能で内容はどちらも立派だ。
登別周辺の雄大な牧草地を見ながら、いつしか海岸線からも離れ、左手に新千歳空港が見えてくると、やっと札幌に近づいた実感が沸いてきた。今日に限っては大阪から実に23時間。丸一日もかかっての到着である。しかし時間の長さを感じさせない充実した旅であった。最近は交通機関の高速化が進み、これほど時間をかけて到達する場所はなくなっている。だからこそ味わえる贅沢な旅情なのだ。
車掌さんから最後のアナウンスが入ると、列車は大きく左にカーブして豊平川を渡る。札幌の街を見ながら、機関車がかけるラストスパートの雪煙が、遙か彼方に舞っていった。